土門土門エ門大江戸無法剣・其の二 『白磁の茶碗』 やあやあやあやあどうもどうもどうも。これはこれはこれは。 お嬢、牡丹餅をくれ。二皿、いや、三皿じゃ。 む、なんじゃなんじゃ、このぬるい茶は。 女子供ではあるまいに、もそっと熱い茶を持ってまいれ。 熱っ!!(かちゃん) ぬ、割れてしもうたな。やわな茶碗でござる。 べ、弁償? なにを申すか、地に落つれば茶碗が割れるは、これ道理。 たかが茶碗ひとつ割れたくらいで、ガタガタ申すな。 その方、ケツの穴が小さいというたとえをぞんじておるか。あーん? いや、よい、これでよい。世に形あるものすべからくいずくんぞ滅びん、頼山陽。 なに? 人間国宝の茶碗? この茶碗、人間国宝が焼いたと申すか。それがどうした。 笑止。人間国宝なるものは、人間が国宝なのでござろう、この茶碗が国宝なのではあるまい。 おのれらに告ぐ! 人間国宝が作った茶碗といえども、茶碗は茶碗にすぎぬ、なり。これは、ただの茶碗でござるよ。 む、ご不満かな? そうか。ではこういたそう。 これは白磁の椀でござるが、これを割れた茶碗の代わりとして、その方に譲り渡す。 たわけ、その方にはこの茶碗の値打ちが判らぬのか? これ、ここのところをご照覧あれ。 赤い筋が一条、走っておるでござろう。 これはな、この世に二つとない、いわく因縁つきの白磁の椀。 これより拙者が語るは、その因果でござる。 さて、 あれは宿敵、都島都之介との果たし合いで受けた手傷を癒すため、 伊豆のとある湯治場に滞在しておった折のことでござる。 拙者、ひょんなことから、宿の主人らに、妖怪退治を頼み込まれたのでござるよ。 まあ、拙者を剣豪土門土門エ門と聞き及んでの嘆願でござろう。 さすがの拙者も、斯様な鄙びた村にまで拙者の剣客ぶりが伝わっておったかと、頬の赤らむ思いがしたものでござる。 あっはっはっは。 この宿にはちょうど丑寅の方角に、今は使われなくなった離れの間があっての、何でもそこに夜な夜な、幽霊なるものが出没するというのでござるよ。 しかも面妖なことには、その幽霊を目にした者は、懐の金子が奪い去られるという。 うむ、宿の者たちもはじめは物取りの仕業と思ったそうな。 ある晩、滝沢小文吾と申す、諸国修行の旅をしておる若侍が、その離れの間に泊まった。 事情を聞いた滝沢小文吾、それがしが妖怪退治をと自ら名乗り出て、離れの間にて、外から内から、戸には板を打ち付け、なんびとたりとも忍び込めぬよう細工を施し、一夜を明かした。 真夜中、草木も眠る丑三つ時、こうこうと明かりを灯す中、ふいに部屋の真ん中に、托鉢姿の僧が現れた。おのれ妖怪変化め、と滝沢小文吾、托鉢僧を真っ向から一刀両断。ところがそやつは、霞の如く、ふっと消え失せてしまったのでござるよ。 若侍は翌朝、このことを宿の者に告げると、それきり床にふせってしまい、三日の後に息を引き取ったそうでござる。 所持しておった少なからぬ金子も、どうしたものやら、見つからなかったとか。 なに、拙者が恐れをなしたと? 笑止。拙者の剛胆ぶりはご存知であろう。 拙者がやらずして、誰が、その妖怪を征伐するのかな。あーん? いや、実を申すと、その離れの間、まっことに快適でな、拙者すっかりくつろいでしまい、 あれよあれよという間に、眠ってしもうた。 あっはっはっは。 夜半を少しまわった頃でござろうか、拙者、妙な気配に目を覚ました。 部屋の隅で、すすり泣きのような、しのび笑いのような、 なんとも不可思議な声がするのでござるよ。 妖気が漂うておる。 おのれ妖しのもの、そこにおるのは先刻承知、 拙者を剣豪土門土門エ門と知っての戯れごとか。 斯様な怪異は承諾いたさぬ。 問答無用、魑魅魍魎といえども、拙者の眠りを妨げるものは、調伏いたす、斬る! でえええい! カツンと手応えがござった。 それきり、妖しの気配は消えてしまったのでござる。 逃げたか? いや、たしかに、斬った。 そこで拙者、あらためて、寝直したのでござるよ。 翌朝、部屋を検分するに、どうしたものか、床の間に置いてござった白磁の碗が、ころげておるのでござるよ。 おやおやと手にとって眺むるに、これは奇怪、昨夜まではなかった朱の筋が一線、茶碗を断ち割るかのごとく、鮮やかに入っておったのでござる。 宿の主人が差し出す法外な礼金を、気遣い無用と辞し、この土門土門エ門、怪異の元凶たる白磁の茶碗のみを、拙者の武勇のよすがとして譲り受けたのでござるよ。 左様、それが、この茶碗なのでござる。 古来より年を経た道具には、自然と魂が宿ると言われておる。この茶碗もまたしかり。 世の中に、物の道理は尽きるとも、不思議の種は、なぜか尽きまじ。 さて、長居をしたな、では拙者はこれにて失礼。 ん、なんじゃ、なにか用か? なに、餅のお代? 勘定を払え? お、そうそう、いや、すっかり忘れておった。 おや、拙者の金子がない! はて、確かにここへ。 むむ、ない? これはいかに、やややや! はっ! さてはこの白磁の椀、いまだその妖力を振るっておるな! 拙者の金子、かすめ取ったか! うぬぬぬ! かくなる上は、斬る! ええい、止めるな主! なに、餅の代金? そのような場合ではない! いや、食い逃げではない! その方、ものは相談であるが、どうじゃ、この白磁の椀、その方にお譲りするによって、 いやいや、金をせびろうなどというつまらん了見で申しておるのではない。 この茶碗で、餅代の件、きれいにカタをつけたいのでござるよ。 なに? いらぬ? なぜ? ○幕