ART CRITIC / CRITICAL ART #122 

SPAC公演  「かわったDr.ラビュス」

「名辞以前の観念」が、言葉ではなく、肉体によって語られる。それは「愛」という一語に置き換えられることもある。けれどもそれを表現する形式=ダンスの背後には、膨大な量の言葉が集積されている。

1997年9月4日、静岡県舞台芸術公園野外劇場で行われたジャン=クロード・ガロッタ振付によるSPAC舞踊団の公演は、驚愕的な事件であった。どれほどの賛辞を並べてみても、その素晴らしさを言い表すことは不可能に思える。これは今後、長きにわたり伝説として語り継がれるはずだ。

静岡県はSPACの設立に相当の費用を注ぎ込んだと聞く。その成果が「かわったDr.ラビュス」なのだとすれば、静岡県はまさに超一流の文化水準に達したのだと言える。これは冗談でも皮肉でもない。これほど魂を震わせる舞台表現に出会えた僥倖を、私は心底感謝しているのだ。

この公演に先がけて行われたフランス国立グルノーブル舞踊団とSPACの合同公演を観て、私はそれを「叙情はあるが哲学がない」と評した。ところが、この途方もない表現の前では「哲学」など無用。
この舞台を観るためであれば、私は自分の命を10年縮めたとしても惜しくはない。
それほどの価値がある舞台であった。


今日ステージに上がったのは、オーディションによって選ばれた男女各4名の計8人のダンサーである。ガロッタが何を創りたかったのか、なぜ数あるダンサーたちの中から彼らが選ばれたのか、この舞台は秘密をあますところなく見事に開示している。

ダンスは4つのデュオによって構成されている。

1−特権的肉体のダンス
モチーフは不倫の愛である。
ここでは精神性よりも肉体性が非常に重要に描かれる。放恣で熱情的な肉体。女性ダンサーの両足には、数カ所のきわめて大きな傷跡がある。ケロイドのような、皮膚移植の痕跡のような、それはクローネンバーグのフィルム『クラッシュ』を連想させる。四人の女性ダンサーのうち、彼女だけが脚を露出させている。演出は意図的に彼女の傷をさらしているのである。傷は「聖痕」であり、それ故、彼女の肉体は特権的なものとなる。損なわれた完全性が、むしろ彼女の官能性を飛躍的に高めているのである。

2−他者の肉体のダンス
異形のダンスである。舞踊ではなく、舞踏である。通常のリズムはここには存在しない。ダンスらしさもない。パントマイムや無言劇。女の胸には一本の筆跡。そのストロークの鮮烈さから、二人の関係が明瞭になる。
モチーフは芸術家とモデル、あるいは芸術家と愛人。女は男の傀儡である。マリオネットのごとく操られ、なされるがまま。男の情熱の激しさに、女=人形は壊れる。床に転がる女は、もう踊りはしない。もしかしたら彼女は人間ではなく、最初から人形だったのかもしれない。男はおそらく口にくわえた銃の引き金を引く。やがて女は目覚める。命を燃やし尽くす芸術創造の嵐が過ぎ去った後には、静謐な、寂々とした生が残されたのである。

3−技術のダンス
三組目のペアは、黒い人民服のような、囚人服のような衣装。二人は何かに追われるかのように、円を描いて疾走する。高さのある跳躍。リフトの様々なバリエーション。ここではバレエの華麗なテクニックの数々が眼をうばう。彼らはバレエダンサーとして相当な資質と技術とを兼ね備えているのであろう。すらりとして体躯を持ち、ヨーロッパのダンサーたちにも決してひけをとらないのではないかと感じさせる。
彼らは革命家である、あるいはテロリストである、あるいは戦時下のレジスタンス闘士である。暴力的状況に身を置く男女である。きわめて禁欲的な愛がある。死地へ赴く男は、行動を共にしようとする女を幾たびも振りきる。しかし女は諦めない。彼らは二人で往くのである。ドラマチックな構成。大ロマンが真っ向から演じられ、一点の曇りもなく、二人の殉死は完遂される。

4−他者の肉体と技術の結合
第四場、舞台のトーンは一転してコミカルなものになる。軽みのあるステップが中心になっている。二人のダンサーのコンビネーションが素晴らしい。大柄な男性ダンサーと子供のように小さな女性ダンサーの対比の妙。細かなステップのテクニックにも感嘆した。
ここで語られているのは、ロリコンのモチーフである。誘惑者として現れた男が、しだいに少女に翻弄されてゆく。主人と奴隷が逆転するように、二人の関係は変転する。少女が一瞬にして「女」へと変貌してゆくシーンの官能性は、胸をうつリリシズムに満ちあふれている。


駄目だ! まったく腹立たしい。いったいどうすれば、あの舞台の素晴らしさを伝えられるのか。どうすれば記述できるのか。


あなたがたは信じてくれるだろうか、私が「奇跡」を目撃したことを。

SPAC公演『かわったDr.ラビュス』は、
1997年9月4日、静岡・静岡県舞台芸術公園野外劇場「有度」で上演された。


Ayame−鈴木大治