ART CRITIC / CRITICAL ART #125 

SPAC公演  「かわったDr.ラビュス」

 これは『かわったDr.ラビュス』の二回目の報告である。

 1997年9月6日の土曜日、私は『かわったDr.ラビュス』の三日目の公演を観るため、一昨日の初日の公演を観た勢いで、再度、静岡県舞台芸術公園を訪れた。
 当日券を購入。整理番号は254番であった。観客は300名といったところだろうか。
 『かわったDr.ラビュス』は四つのデュオ・ダンスで構成されている。公演が始まり、二組目のデュオが登場してしばらくすると、私は頭頂に雨の滴を感じた。それは二、三回のことで、後は気づかぬくらいの小雨がぱらつく程度だった。
 舞台ステージの床は大部分が黄色の地絣がひかれているが、上手下手に僅かに舞台の黒い床がむきだしになっている。男性ダンサーが外側の黒い部分に踏み出した時だった。彼の足が滑ったのである。なにか特別に注意が必要なステップを踏んだわけではない。それはステップというよりも、ある種の俳優が舞台上で行うような、緩慢な足さばきだった。にもかかわらず、彼は滑った。私は、この程度の雨でも舞台の上はそうとうに濡れているのだな、と漠然と思った。
 悲劇が本格的に始まったのは、三番手のダンスからだった。
 冒頭、男女二人のダンサーが舞台上に大きな円を描いて走る。女性ダンサーは黄色い範囲内を走る。男性ダンサーはより大きな円を描くために、上手下手では地絣の外側の黒い部分を走る。彼はそこでいきなり足を滑らせ転倒した。
 更にもう一、二回りしただろうか、彼は舞踊を中断し、舞台中央でバレエシューズを脱ぎ、ソックスを脱いだ。自身の危険を感じたからか、パートナーをリフトする際に足元を確保するよう備えたのか、いずれにしても舞踊手としては屈辱的な行為であっただろう。だが、彼はそうせざるをえなかった。そしてシューズを舞台外に投げ捨てて走り出したが、それでもなお、黒い床の上では滑ってバランスを崩してしまうのだった。既に舞台は雨に濡れてバレエが踊れるような状態ではなくなっていたのである。
 黒い床の所では、続く跳躍のために、男性ダンサーは最も加速することが要求される。足元が滑らぬようにそちらの方に注意がゆけば、全力の踏み切りができようはずもない。跳躍の高さも姿勢も半端なものになる。しかも、黄色い地絣に着地する折にも彼は滑ってしまうのであった。私は濡れた木の床の上は滑りやすくても、布の上ならば多少は状態は良いのだろうと思っていたのだが、もはやそこも安全とは言えなくなっていたのである。

 こうなると私も集中して観るどころではない。ただ彼が滑らぬようにと、そればかりが気にかかる。地雷原を歩む者を遠目に眺めるようなものである。

 四組目のデュオで、舞台は最悪の環境になった。雨は強く降り始め、舞台上に降水した雨はそのまま残留し、ステージは氷の上のような有様になっていたのである。女性ダンサーが床を後足で蹴り上げるようなステップをみせるたび、空中に水が激しく飛び散る。大柄な男性ダンサーは遂にジャンプどころかステップまで封じられた。摩擦力を失った床面では身体のバランスすら保つのが困難になってしまったのだった。小柄な女性ダンサーはかろうじて踊り続けることが出来た。そのいかにも日本人的な重心の低い体躯が幸いしたのであろうか。しかしこの公演での彼女の持ち味である、軽妙で、コケティッシュで、速度のあるダンスは影をひそめ、それはただただダンスを全うするための悲壮なものに変じてしまったのである。
 それでも彼らは踊り終えたし、雨に打たれた観客も、カーテンコール(?)の彼らに惜しみない拍手を送った。もちろん私も歓声をあげて彼らを讃えたわけだが、そこには芸術性あるいは表現のクオリティに対する賛辞はいささかも含まれてはいない。無事に終えたことを安堵する思いのみである。私が公演の初日に観た舞台と、今日のこの舞台では100光年の隔たりがある。

 なぜ私は、私たちはかくのごとく悲惨な光景を見せられたのか。これは断じてダンサーたちの責任ではない。事実、振付のガロッタ氏は「中止しようかと思った」と終演後の挨拶で言っているのだ(それでも彼は「最後まで上演出来て良かった」と結論づけてはいるのだけれど)。濡れた床の上で踊るのが、困難である以上にいかに危険であるのか、そんなことは誰でも知っているはずだ。そもそも人間の肉体自体が、ダンスを踊るために機能しているのではない。一つのステップを踏むたびに、一つのジャンプを行うたびに、ダンサーの足首や膝や様々な関節には、たいへんな加重がかかっているのである。彼らは肉体を襲うその負荷を、絶妙の身体バランスによって軽減しているというのに、滑る床によってバランスが保持出来ぬとなれば、予測される事故はあまりにも重大である。
 なぜ芸術総監督の鈴木忠志氏はダンサーの物理的な、実際上の安全のために公演の中途で中止を宣言しなかったのか。彼には舞台上の安全管理の義務はないのだろうか。よもやこれが野外劇場公演の美学だなどとは言うまい。危険な舞台上であえて舞踊を行うことを潔しとするならば、B29に竹槍で立ち向かおうと言っていた昭和の人々を賞賛していればよろしい。

 たしかに静岡県舞台芸術センターのパンフレットにはこう書かれている。「雨天の場合でも野外劇場公演の中止はいたしません。ただし上演場所を変更する場合がありますのでご了承下さい。」

 私自身が実際に行ってきた多くの野外演劇公演の経験から言えば、風雨雷天変地異も野外劇の場に於いては観客と舞台創作者が共有できる空間体験として了解される。しかしながら、それはそのような局面があり得ることをあらかじめ舞台創作者が想定している場合に限る。おそらくは鈴木氏が上演されてきた野外劇も、偶発的な自然現象によって演者が危険な状態に置かれるなどということは無かったのではないだろうか。
 いずれにしてもSPACのダンサーが演じていたのは、ダンスという形式を持った極めて危険な、自己破壊的行為だったのである。

 別の疑問もある。なぜダンスが、特にガロッタ氏が創作されるようなモダンダンスが、野外で行われる必要があるのだろうか。人工物であるバレエの実現を保証するのは、同じく人工物である舞台床平面である。バレエ創作者たちは誰も、水に濡れて滑る床などを考慮したりはしないだろう。

 だがもちろん、私は野外で踊るなと言っているわけではない。太古の昔から舞踊手たちは野外で、天と地の間で踊ってきた。大地を踏みしめ、天に向かって跳躍したのだ。けれども、もしSPACのダンサーたちが正真正銘の野外で、即ち土の上で踊っていたのなら、彼らは決して足を滑らせたりはしなかっただろう。土地にしても砂地にしても、あの程度の降水で摩擦抵抗を失ったりはしない(古代人なら雨が降ってきた時点でダンスは終了するだろう。源初の踊りは雨乞いの呪術的儀式と一体であったはずだから)。雨はたちまち地中へ染み込む。つまり今回、ダンサーたちは、ステージ上で逃げ場を失った水、そこに留まることを余儀なくされた雨水によって足元をすくわれたのである。なんとも皮肉な話ではないか。自然に囲まれた劇場がうたい文句であるのに、劇場のステージ(人工物)が雨水(自然)を囲い込んでしまっているのだから。

 こういうことなのだ。野外劇場「有度」は野外劇場などではない。これは屋根のない、不完全な劇場である。わずかの降雨でダンサーを実際の肉体的危険にさらす欠陥劇場である。そればかりではない、たとえダンサーが危険を回避したとしても、そのように配慮する結果、パフォーマンスの質はいちじるしく低下する。

 なぜ鈴木氏はこのように危険な場にSPACのダンサーたちを立たせるのだろうか。それは彼が演劇人だからか。ダンサーの技量に圧倒的な信頼を置いているためか。濡れた床で転倒するのは彼ら、ダンサー自身のせいなのか。足を滑らせまいかとハラハラしながら、そればかりに気を取られてしまうのは、私が愚鈍な、芸術を解さぬ観客だからか。

 早急に可動式の天蓋を設置しなさい。明白な危険が予期されているのだから。

 私は口惜しくてしょうがない。私はあの、SPACダンスの公演初日の、奇蹟のような舞台の再現を期待して、この三日目、千秋楽の舞台を観にきたのだ。私は大勢の友人たちに吹聴した。SPACダンスのデビュー公演は長く伝説となるであろう驚くべき舞台であった。SPACダンスの初舞台のためなら命を十年削っても惜しくはない、とまで宣言したのだ。それがたかがあの程度の、濡れた髪から首筋を水がつたう程のこともない雨で、無惨に損なわれてしまった。あれほど素晴らしかったダンスが、その実質を失ってしまったのだ。真の芸術の創造を豪語する人々の本意は一体どこにあるのか。
なぜだ!