シアター・オリンピックス観劇記 #03 Ayame−鈴木大治


レンコム劇場 『かもめ』  グランシップ中ホール 4月24日



 あああ、不覚というか油断というか、マジで泣いちゃったよ、俺。隣の席で観劇していた女子高生には、なにこのオヤジって感じで嫌がられちゃったみたい。でも別に感動したってわけでもないし、『タイタニック』観て泣いちゃうような、そんなんじゃないんだよ。 いや、ホント、言い訳じゃないって。あのね、自分の感情とか心理とかと関係なく、身体生理のほうが勝手に反応しちゃうの。ホントだってば。ニーナ(役名)の動きや声のイントネーションや台詞の間合い、とにかくそういったものをぼんやりと(うっかりと)聞いていると、あれよあれよといううちに涙腺が刺激されちゃうんだよ。
 自分でもおかしいなと思ったもん。なんで俺、泣いてんだろうって。だってそうじゃん、俳優の感情が伝わってくるはずないでしょ、台詞の意味が判んないんだから。感情移入なんて起こりようがないんじゃないの。テレパシー? 
 家に帰ってからじっくり考えた。恐るべし、ロシア演劇って思ったね。技術なんだよ、これ。スタニスラフスキー・システムってこういうことだったんだよ。言語の意味を超越した演技の技術なんだよ。洗脳のテクニックと同じさ。
 一幕目は気合いを入れて観ていた。そんときはなんともなかったんだ。こっちも勝負に出ていたからね。ところがさ、幕間に罠がしかけられていたんだよ。二幕目になると舞台装置が一変するんだけどさ、どういう訳か「吊り物」が落ちちゃって、裏方がそれをなおすのにえらく手間取っているんだよ。おいおい、そんなのもういいから早く始めてくれよって感じだった。客席はだれちゃってざわつくしさ、誰かのくしゃみで苦笑が起こるしさ、なんか緊張感が完全に切れちゃったんだ。なんとなく判るでしょ、そういう状況。
 で、俺も漫然と見始めちゃったんだよ。まさかこんなことになるとは思わなかったもん。それがいけなかったんだよ。迂闊だった。意識の集中度が高ければ洗脳になんか引っかからないよ。
 俺が言ってる事、理解できない? 納得できない? じゃあさ、例えばくもりガラスを爪で引っ掻く音ってあるじゃん、あれって何で不快なの? 蜘蛛とか蛇とか百足とかって、何で気持ち悪いの? それって生理的な反応でさ、理性なんかと関係なく生じているんじゃないの?
 だから俺の反応も同じなんだよ。俺の意志とは無関係に引き出されちゃってるの。つまりさ、「感情」の後付けなんだよ。自分の生理的状態に対して、後から感情的な根拠を与えているんだよ。怖いだろ、こう云うの。凄いよ、ロシア演劇。

 ということでさ、貴重な体験をさせてもらった。実に良かった、『かもめ』。信じてくれたのかな?



今日の御挨拶  鮎都さん(女子高生女優)/木内弥子さん(美人)/マダムO
今日の目撃  ジャン=クロード・ガロッタさん


▲back