シアター・オリンピックス観劇記 #04 Ayame−鈴木大治


日本現代ダンス抄 笠井叡 『tinctura』 グランシップ静岡芸術劇場 4月29日



 今回のシアター・オリンピックスのプログラム中、最も観たかったのが笠井叡だった。
 笠井叡の一枚の写真に出会ったのは、ぼくが十六歳の時だ。現代詩手帳かユリイカか美術手帳か、とにかくその系統の雑誌が舞踏の特集を組んでいて、その中に着物姿で踊る笠井の写真があったのだ。
 印刷のせいか、もとより写真が暗いのか、表情も定かではない笠井は影法師のように屹立していて、けれどもぼくはたしかに彼の背後にオーラ(のようなもの)を見たのだった。これはたいへんな奴がいるもんだ、と思った。
 それからしばらくして、現代思潮社から出ていた『天使論』(だったと思う)という笠井の著書を買った。さっぱり面白くなくて数ページも読まなかった。ロートレアモンの『マルドロールの歌』と一緒にぼくの書棚に並んでいたが、いつのまにか無くなってしまった。たぶん売り払ってしまったのだろう。
 笠井叡が七十年代の終わりから十四年間も消息不明だった(というか舞台から遠ざかっていた)とは、つい最近まで知らなかった。ぼくは1978年に、熾天使館という名の劇団を旗揚げしたが、ときたま、笠井叡が主宰していた『天使館』と間違えられて、「笠井さんと連絡をとりたいのですが」というような電話がかかってきた。ちょうど笠井が日本のシーンから消えた頃だ。
 思えばこれまでの人生の半分以上に渡り、ぼくは笠井叡にたいしていわれのない脅威を感じてきたのである。
 さて、その舞台。まず二人の女性の踊り手が登場する。凡庸に感じるのはぼくの見識不足ですか? 以前静岡で観たモダンバレエとどう違うのか判らない。なんか変だ。これでいいのだろうか?
 そして笠井叡の登場。げげっ! 呆然としてしまった。笠井叡、容貌魁偉、野人のごとし。ホントにあなた、笠井叡さん? チャパツのずんぐりしたオヤジ、白いスーツ。そのスタイル、それからそのポーズ、何かに似ている。もしかして『サタデーナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタですか? 
 この音楽って、何? この人、たしか神智学を学んでいたんじゃないの、グルジェフワークとかやっていたんじゃないの? ロバート・フィリッブやキース・ジャレットとかさ、グルジェフワークと音楽って関わり深いんでしょ? 全部ぼくの勘違いですか? 過大に期待していた、音楽についても。これってロッテルダム・テクノですか? このインプロビゼーションらしき音楽は何ですか? 
 どひゃー、なんかことごとくはずしてくれるじゃないか、こんな奴いねェぞ。という意味で、すげーなァ、と思った。
 笠井叡の運動量は尋常ではない。暗黒舞踏のオヤジたちに比べたら、100倍は動いている。あの年齢であそこまでやれるのか、という意味で、すげーなァ、と思った。
それだけ。
 でも、観に行って本当に良かった。ぼくは十代の頃にかけられた呪縛から、遂に開放されたのであった。勝手に笠井叡をカリスマ化していたぼくがマヌケだったんだけどさ。



今日の目撃 鈴木忠志さん


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