シアター・オリンピックス観劇記 #07 Ayame−鈴木大治


エル・アンヘル 『幾何学』  舞台芸術公園野外劇場「有度」 5月5日



 アルゼンチンの劇団の公演。ボルヘスを生んだ国の演劇だぞ。期待しないわけがない。でも予備知識はゼロ。 よし、ここは徹底的に無心でゆこうと、会場入り口で配布されたパンフレットにも目を通さずに観劇。
 良かった。文句なしに、圧倒的に。演劇というものはこうあってほしいという見本のような芝居だった。独創的なことをしているわけじゃないし、とりわけ斬新な演出があるわけでもない。演技はケレンがなくシンプル。かといって禁欲的に抑制されているわけでもない。俳優が俳優としてゆるぎなく舞台上に存在している。
 久しぶりに演劇っていいなァって気持ちになった。ホントに爽快な気分。これまで観てきたシアター・オリンピックスの演目で初めてだね、もう一度観たいと思ったのは。
 女優二人、男優二人の四人で演じる一時間強の芝居。わざわざ野外劇場で演じるような芝居でもないんだけど、違和感ってものが全くない。実にいいんだよ、この芝居。八十年代初期、北村想が出てきた頃の、日本の小劇場演劇の味がある。あえてモデルを捜せば、「ブリキの自発団」が一番それに近いかな。
 数学者の妻ジュディスを演じる、アンドレア・ボナリの美しさ。その台詞術の強度。これこそがまぎれもなく「女優」、というような貫禄。ぐっときちゃったね。それから彼女の娘フランカを演じるヴァネッサ・カルデラもいいな。野外劇場のステージをローラーブレードで疾走するスピード感が鮮烈。フランカは反政府ゲリラでもあるんだけど、かつての金髪パンク姉ちゃんのいでたちそのもので、凛々しさに胸が熱くなっちゃった。カーテンコールの時、舞台に飛び出していって「俺、ファンです」ってやっちゃおうかと思ったもん。
 ストーリーも良かったぞ。この公演のために書き下ろされた新作。イスラム過激派と政府軍の戦闘地域で開催される数学者会議、テロリスト、幾何学、屈折した愛、世界の終末のモデリング、うーん、いいじゃないか。終演後にパンフレットの作品解説を読んで、ありゃりゃ、笑いながら観ていてもよかったんだと、ちょっと歯ぎしり。なんかこう「合うな」というか、俺的な展開だなーって思ってたら、この劇作家、俺と同世代だった。
「唯一確かなものは失われたものだ」なんて台詞、「ベタ」なんだけどこういったフレーズがうまくはまってるんだな。
 たぶんこの先、アルゼンチンを訪れることなんかないだろうけど、そんな機会があったなら、その時はエル・アンヘルの芝居を絶対に観に行くよ、俺は。だけどさ、どうしてこんなに素晴らしい演劇の公演が、たった一日しかないのだろう。口惜しいね、腹立たしいね。アルゼンチンって日本からいえば南極よりも遠いんじゃないの? いやいや、そういうことじゃなくて、この演劇がわずか四、五百人くらいの人間しか観られなかったってことが不幸なんで。俺は内心、すっげー得したっ感じで嬉しいんだけどさ。ポイントはずしちゃってんじゃないか、シアター・オリンピックス?



今日の御挨拶  木内弥子さん(美人)/松尾交子さん(TOMO★PROJECT)/マダムO


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