シアター・オリンピックス観劇記 #18 Ayame−鈴木大治

何年か前、私の前の妻、自殺したインゲ・ミュラーの
残した原稿の中にある一文を見つけました。それが誰
かの引用なのか、それとも彼女自身のものなのか、い
まだにわからないんだけど。それはこんな文句、  
〈真実、かすかな、そして我慢のならぬ〉。    
これは私にとっては、理念プログラムのようなもの。
引用だと思うのですが、誰のかはわからない。   

─────── ハイナー・ミュラー


シンポジウム『ギリシア神話とハイナー・ミュラー』 グランシップ2F映像ホール 6月5日
谷川道子/Hans-Thies Lehmann/Eleni Varopoulou/Theodoros Terzopoulos



 シンポジウム。またしても欠席者。アメリカの「研究者」が来ない。何を研究している人だったんだろう。これもやはりハイナー・ミュラーの亡霊の仕業か・・・。
 代役のパネラーとして谷川道子が参加。ぼくは1996年1月10日付朝日新聞夕刊の切り抜きをいまだに持っている。谷川道子が書いた、ハイナー・ミュラーの追悼文だ。まさか彼女が来るとは思いもよらなかった。谷川道子なら謎に「答え」てくれるかもしれない。これもやはりハイナー・ミュラーの亡霊の仕業か・・・。

 シアター・オリンピックスのパンフレットには、シアター・オリンピックス国際委員としてミュラーの名が記載されている。生者と死者の並記。これは普通のことなのだろうか? ぼくは世事にうといので、よく判らない。

 ハイナー・ミュラー。さっぱり判らん。でもすごく気になる。特にあの「葉巻」。ミュラーはいつも葉巻を吸っている。写真を見ても、インタビューのビデオを見ても、必ずミュラーは葉巻をくわえている。葉巻の似合う演劇人、あるいは詩人って一体なんだ? 葉巻と相性のいい職業って?

 シンポジウム。どうというわけでもなく。こんなものなのだろうか。なんとなく始まり、なんとなく終わった。

 ハイナー・ミュラーとギリシア神話のかかわりは、神話を現代において読み直すということでも、神話の再構築でもないと思った。彼にしてみれば、神話によって形成されてきたヨーロッパ(バルカン半島を含む)のパラダイムの破壊/解体にこそ「意味」があるんじゃないか? だが、新たな神話を創造して打倒するには、「ギリシア神話/悲劇−構築物」はあまりにも堅牢だった。そこでミュラーの採った戦略は「トロイの木馬」である。神話の内部に侵入し、「内破」させる。これはHIVのメタファーでもある。即ち、演劇が神話を擬態するのである。亡命を拒絶し、東ドイツにとどまり続けながら「東」と対決していたミュラーである。
 ホントにこんなこと考えていたのかな? ぼくがそう思うだけ?

 さて、シンポジウムが終わり、ぼくは無礼を恥じつつ、谷川道子先生(以下、敬称付記)に質問した。ぼくが知りたかったのは、ミュラーとアインシュテルツェンデ・ノイバウテンがどのようにしてつながったのか(ブリクサ・バーゲルトはミュラーの「ハムレット」に出演していたはずだが、ぼくの勘違いか?)、それからハイナー・ゲッベルスとミュラーの関わり。

 浅草で観たノイバウテンのコンサートは素晴らしかったな。第一回シアター・オリンピックスで、ゲッベルスと共にミュラーの舞台の音楽を担当したデビッド・モスが、静岡でクリスチャン・マークレーと二人で演ったライブも良かった。

 そういえばシンポジウムで、ミュラーがルイジ・ノーノの死についてふれた言葉を紹介していた。「第三世界の叫びをヨーロッパ・アヴァンギャルド・ミュージックのスタンダードとしたノーノは、沈黙の作曲家である。すなわち、アウシュビッツ、ヒロシマ」(たしかこんな感じだった)。いつだったか、突然、名前ですらぼんやりとしか知らなかったノーノがむやみに気になりだした事があって、なにがなにやら訳も分からず、レコード店に走った。もしかしたら、あれもハイナー・ミュラーの亡霊の仕業か・・・。

 ホントはミュラーと音楽というテーマでも、もっともっと話をしたかったんですよォ、とおっしゃる谷川先生は、すげえイイ感じの女性で、ミュラーの謎は謎のままだったんだけど、そんなことはもうどうでもよくなってしまった。

 その後、グランシップ9階で展示されているハイナー・ミュラー写真展へ。写真展はなんだか閑散とした企画で、ゴールデンウィークの時にやっていたピューリッツァー賞写真展を見に来た連中が、ついでにこれも見ていったのかなと思うと脱力。
 ところが! 別室で上映していたミュラーのインタビュー・ビデオ。これがすこぶる面白い。ミュラーが次々に語る多彩な逸話に、グングン引き込まれる。例の葉巻をくわえ、しかめっ面しながらイデオロギーや芸術を論じるかと思うと、とんでもないムー的な話題を居合い抜きのタイミングでいきなり切り出す。あんたオカルティストですか、ニューエイジのくずれヒッピーか? 面白いですよ、むやみに。とんでもない人だ、ハイナー・ミュラー。その言動のすべてがキメ台詞である。
 ようやく、少しだけ、理解できたような気がした。ハイナー・ミュラーという人物の魅力。

 この企画のために制作された資料集というかパンフレットが秀逸。無料配布。もらって嬉しい。
こちらはエレクトラ。暗闇の中心。拷問の太陽の下。世界のすべての首都にむけて、犠牲者たちの名において発信します
 冊子を開いて最初に目に飛び込んできたテクスト。あ、いいな、と思えた。ようやく。




今日の御挨拶  夏木マリさん(女優+美人 ※ぼく『愛人マンボ』のレコード持っています! と告白したい。これって何枚ぐらい売れたんだろう?)
今日の目撃  ジョン・ノブスさんご夫妻


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