ART CRITIC / CRITICAL ART #146 

劇団RIN公演  「泥棒たちのアーク探し」

くそっ、残念だ、鍋田さんが舞台に出ていない。昨年の静岡ライブシアター '96で一度拝見したきりだが、この人の端正な演技がぼくは好きだ。
鍋田さんは決して個性的な役者ではない。
個性的な演技をするというだけならば、その手の役者は地域劇団にもあまた見受けられる。概ね彼らは、演技そのものがまっとうな演技として成立していないがために個性的なのだが、素人衆集団であるからこそ許される外道である。
静岡の惨憺たる演劇状況の中で、鍋田さんの演技は数少ない収穫であっただけに、彼女の不在は惜しまれる。
しかし率直な感想を言わせてもらうならば、出なくてよかった、こんな奇怪な芝居に。
劇の上演が終了し、ぼくはまずノートにこう書いたのだ。なんだよ、こりゃ!

舞台に電柱が立っている。電柱には張り紙がある。『劇団員募集・劇団RIN』。
男が新聞を読んでいる。客席に向いた紙面には、『劇団員募集・劇団RIN』と大きく書かれている。
何だこれは、楽屋オチか? それにしても野暮な連中だ。きみたちの家族は泣いているぞ。
「喜劇?」と書かれたセットの張り紙。ホントそう思う。これって喜劇なんですかね?
相当に変だ。実に妙な演劇である。軽演劇? エンターティメント?

ぼくたちはまず、この物語の世界像を把握しなければならない。
その作業がひと苦労である。何しろ無茶なストーリーである。安直なサイコドラマやアクションドラマのつぎはぎで、奇想天外というか荒唐無稽というか、とにかく相当に無理のあるドラマだからだ。

冒険倶楽部と名のるグループがある。実は彼らはスリの一団である。物語の大半は、彼らのアジトで展開する。一味のボスは、神代文字で書かれた古文書を所有している。それは「伝説の聖杯」の隠し場所を記した地図である。聖杯(アーク)はどうやら古代の超兵器らしい。謎の地図の奪取を狙っているのが、世界革命を画策し覇権を得んとする秘密結社。そしてその野望を阻止するために敵対しているもうひとつの組織がある。

オタクな知識の乱射、ムー的情報のてんこ盛り。次から次へと飛び出す「トンデモ本」系の話題。「と学会」の恰好の標的だ。偽史をストーリーの味付けに使うのは、この作者の趣味のようだ。以前観た舞台でも、この手のネタが使われていた。幻の民族がどうだとか、ナントカ文書に記述されたカントカとか。ダレソレ天皇が云々だとか、具体的な言葉や固有名詞でプロットを補足するのだが、まったく説得力がない。
畢竟、劇世界の創造が中途半端なのだ。台本作者のマニアックな嗜好が裏目に出ている。
非現実的な物語が展開し、終盤になって、舞台の場所が東京であることが明らかになる。何の必然性もなく、突然、場所定めが行われるのだ。トーキョー? 何で? 地名の現実感・生活感が入り込み、物語の世界像はあっさりと自壊する。
さらに終幕直前に新たな登場人物が唐突に現れ、ヤオイに拍車をかける。重要人物である。その女はスリの一味のボスの昔の恋人で、秘密結社の首領で・・・・。なんだよ、こりゃ!
クライマックスでは派手な銃の撃ち合いとなる。何ですか、これは、リーサル・ウェポンですか、ダイ・ハードですか、ビッグマグナム黒岩先生(笑)ですか。破天荒なアクション物のベタな場面が模倣されているのだ。(そういえば最近、こういうシーンにはテレビでもお目にかからない。石原軍団の栄光は何処へ?)。でも、この「ごっこ遊び」は全然笑えない。だってみんなすっげえ真剣なんだもん。

とはいえ、舞台はぼくたちの世界の転写ではないのだから、全くの絵空事が繰り広げられていてもかまわない。求められているのは物語のリアリティーではなく、俳優たち(登場人物)がその世界を生きるリアリティーだからだ。

ところがこれがまたひどい。なにしろ、自己陶酔型の演技のオンパレードである。自らが想像する役のイメージ(役の創造ではない)に過剰没入し、空転するばかりだ。赤面もののひとりよがりな演技には、劇世界を基底から支えてゆこうという姿勢が微塵もない。
なに言ってんのかちっとも判らん台詞回し。稚拙なんだもん、技術が。意味不明なBGMがいきなりかかって唐突に消える。なに、いまのは? きみたちにとって演劇とは何なんだ?

これは偶然だと思うが、いやいや、ぼくがそう感じただけかも知れないが、今回のRINの芝居は、物語のプロットや舞台の空間造型、くすぐり等々、去年観たらせん劇場の「SKIP」と実によく似ている。劇団RINを主宰する中村氏とらせん劇場を主宰する都築はじめ氏は、共に台本の書き手であり演出家でもある。年齢的にも近かったはずだから、何か同世代的な共通点があるのだろうか? テイストが近いって言えばいいのかね。笑えないんだよ、ぜーんぜん。苦笑はしちゃうんだけど。ギャグが古くってさ。その古さが確信犯じゃないんだな。もろにハズシちゃってる。

らせん劇場との違いは「下ネタ」が多いってことかな。「ストリッパー」なんて役の女の子だって出てるんだぜえ、キャラの属性としてね(笑)。アダルトなんだな、RINのほうがさ。役者の女の子たちも圧倒的にRINのほうが可愛い。その分、「下ネタ」が生きる。「下ネタ」に限って言えば、個人的には心底笑ったネタもあった。
例えばこんな具合。男が牛乳受けから牛乳を盗み、それを飲み干す。男が地面につばを吐くと、そこに女が駆けより、「白い!」と驚愕する。男は憮然として「牛乳だ」と言う。
この手のピンクジョーク系や風俗ネタ(もしかしたら全然違っているんでしょうか、ぼくの解釈は?)のやりとりが、ぼく的には結構気に入っているのだ。
考えようによっては、これほどハチャメチャな演劇も珍しいのだから、その点を評価すべきなのか、とも思う。出演者たちはいたって真面目に、しかも情熱的に、この「怪演劇」と取り組んでいるようだから。
煩雑な衣装替え。コスプレの味なんでしょうね、きっと。嬉々としてやってるよな。演劇って楽しくやるもんなんだな。楽しけりゃいいじゃんってね。なんだ、らせん劇場と同じじゃん。そんなわけで、こんなものを観るんじゃない、とは言わない。しかし「覚悟しておけよ」と観客には忠告したい。

あ、そうだ、あとこれだけは言っておこう。ラストのダンスは何だ一体。ミュージカルのつもりですかね。歌って踊りゃエンターティメントかよ。そんなもんでいいの、演劇って? 楽しけりゃいいじゃんだって? あー、そーですか。全然楽しかねーよ。


劇団RIN公演『泥棒たちのアーク探し』は、
1997年11月15日・16日、静岡・メディアホールで上演された。
作・演出、中村和光